・パーソナルメモ--想ふこと
・演出意図
・モノの側に立つ
・今どのような映画が求められているか
・PASダンスのサイトの記事 http://blog.goo.ne.jp/dancepas/
|
想ふこと ---「朱霊たち」パーソナルメモから解題へ ---
(2002年12月3日 ペロティエにて 岩名雅記)
<解題付録1.「日本」論>
この映画は日本を背景に日本人によって日本語で語られる。その意味では日本映画ではあるが同時に撮影は主にヨーロッパで行われ、クリューの大半はヨーロッパ人となるであろう。岩名が日欧で活動しているというその便宜的な意味以上の意味がここで問われるべきである。それは日本を遥か遠くに見て日本と「日本」を知ることだと思う。この映画には「日本」への深い憧憬が込められているのだ。 ここでいう日本と「日本」の間には語り尽くせぬ距離があり、50歳台末の岩名の世代はそれを体験として知っている。より正確に言えばここでいう「日本」とは第二次大戦後の数年、日本が敗戦の混乱の中から起ちあがった黎明の時であり、社会や制度から逸脱せざるを得なかったヒトびとを観察できた稀にして至上の時でもあったのだ。 よく言われることだが、今の日本には「日本」はないと言われる。では「日本」は何処で見つけられるのか。少なくともひとつは過去の中に見出すということが最も直接的であろう。だが無論過去は今それを手にすることは出来ない。残された記録や人々の記憶、追憶の中だけにある。言い換えれば非常に平面的で(記録)個人的(記憶)ともいえる。けれど過去への追想も個々人の中だけでなく人々に共有されればある程度までは一つの力となり、郷愁という情感を濾過して本質的な部分が浮上してくる。更に視覚化されれば一つのメッセージとなる。この過去への遡行は決定的ではないにせよ、ひとつの力になることは確かであり「日本」を映画化することの一つの意味はそこにある。 さて「日本」を見出す為のより積極的なアプローチ、すなわち日本映画をヨーロッパで撮ることの積極的な意味を考えなければならない。「日本」を見出すために現実として時間的に遡行することが最早不可能だとしたら、空間的に見出すことの可能性がまだ残されているということだ。思いつくまま卑近な例をあげればトルコ・イスタンブールの市(いち)は戦後日本の闇市そのものだし、ローマ・フミチノ空港から市内へ至る沿線は戦後東京の原っぱそのものである。またいまだに手つくりのもので生活し、感で作業するヨーロッパ人の仕事ぶりはかつての日本そのものである。またヨーロッパ各地でいまだに見られる街の混乱と雑踏、盗みや物乞い、はたまた1日に何時間も裸足で歩き続けるインドの人々など私たちの戦後を彷彿させる例を挙げれば暇(いとま)がない。 視覚的なことだけではない、アラブ人や朝鮮人、そのほか多くの同じ民族同士の交流はかつての日本の家族や友人関係を彷彿とさせるし、東欧諸国やヨーロッパ弱小国の人々の国を興す気概は戦後日本の貧しくもあっけらかんとしたあの強さを想起させるのだ。 大切なことはヨーロッパの人々がこのような風土をいまだに抱えているというそのこと自身ではなく、そのような環境が少なからず彼らの思考や精神に影響を与えているだろうということだ。可視、不可視、有形無形の背景を背負った国際的なクリューによる、ポジティフな意味での無国籍なこの映画の製作が行われる時、「日本」が見えてくるであろうという予感は決して観念論や楽観論ではなく、舞踏家として30年を生きてきた岩名の身体的直感である。 <解題付録2.映像的主題。>
とはいえ映画であるからには映像的主題を欠くことは出来ない。それも思想的主題と別物であってはならないだろう。やはりマリアの台詞にある「ミズと同様、ヒカリやイロやオト」がこの映画の映像上の主題となる筈だ。また‘鏡’は大きなカギとなる予感がある。 ヒカリに当たることの出来ぬ難病という設定からほとんどのシーンは‘闇’を強いられる。とりわけガス室と穴の内部は‘暗黒’と言っても良い。これをどう撮るか。また技術論としてだけでなく‘闇’、喧騒の裏にあった‘静謐’や‘平静’、‘退色(あせた色)’などは戦後の「日本」そのものであった筈だ。この点については稿を改めたい。 (2002年10月28日 ナポリにて 岩名雅記)
「朱霊たち」演出覚え書き
20040301 <物語的主題> 1) ヒトのイノチは‘無(空虚)’であるという感じ方が先ず僕にはある。けれどもう一方でヒトが‘ある’(‘ないことではない’という意味で‘不具’)ということに対してもしイノチが存在に対して一矢を報いることが出来るとすれば、それは‘空虚’の限りない大肯定、つまりは‘空しさへの強さ’ではないのかとも考える。 ここではマリアという四重苦のキャラクターを通して‘慈悲’と等価な‘憎悪する力’を、ヒズメの開手という奇跡を通して‘悲惨’と等価な‘至福’を謳うことで虚無の大肯定を描く。 * マリアは現実側では美しいヒト、‘許容する’愛のヒトであり、幻想側では‘拒む’ヒト、訴えるヒト、憎悪するヒト、呪うヒトである。その境界の上に「欲望するヒト」としてのマリアがいる。欲望するということは許容なのか拒否なのか。巨大な虚無の大肯定なのか-----。 2) ヒトが死んでいくという必然、死ななければならないことからくる絶望、死にたいという願望、そして既にモノとなってしまったかばね(むくろ)等を通して‘生’を考え直し、イノチを検証する機会を得たい。 * ヒノマルは死んでいった友への哀惜から死を願望するが、おのれの性(さが)である性欲に関してはその欲望を‘否’と感じている。それを含めて自分を‘抹殺する’ことを考えている。 * ヒズメはおのれのヒズメ手のためにわが子を殺してしまったという罪悪感があり、不可能な「手を開く」という可能性にかける。 * ネアンは心中未遂という経験を持ちながらも(だからこそか)死の間際までそれを収受できない。 * マスキヨとカケラは死(正確には死ぬまでの生)を収受できないので逆に死に飛び込んだのか---。 <映画的主題> 1) 物語の幻想部分(「静止した時間」)のみならず俳優たちによる現実部分の人種、言語の錯綜や、インカネーション(生まれ変わり)などを通して物語の上での現実と幻想(夢)のゆききを描く。 2) フィクション(つくられてあるという意味で‘過去’)とそれを演じる俳優たちの存在(演技以前の‘今’といっても良い)のゆききを描く。具体的には物語りの展開とは別に俳優たちの‘今’を展開する6つの踊り部分を設定することで、a. 流れる物語をくい止め‘今’と交錯させる。b. ‘踊り’はフィクション以前の(その中に既にドラマがあるという意味で)トータルなからだであるからして新たなリアリティを作れる可能性がある。c. 実景部分と共に‘叙情’を実現する。(この部分映像的主題2)参照のこと) 3) 総じてこの映画では1)の物語の幻想(夢)部分、2)の俳優の現在(踊り)部分の2つが通底しあって物語の現実部分(物語的主題)を支え、働きかけるという構造になっている。 <映像的主題> 1) 画像=安定静止、正面画像を基本にしたい。パーン、ズーム、特別アングル、HS, オ プティカル処理は極力限定。ただしCGと合成は必須部分に使いたい。 2) カット=物語部分のダイアローグはカットバックを基本、踊り部分はワンカット、長 まわしを基本として両者を対比させる。 3)色=原則は時空を越えてモノクロである。ヒズメの回想部は黒白8ミリを使いたい。 4) マチエール=‘退色(あせた色)’を時代の色とする。木肌の冷め、壁やポスターのはがれは病いを暗示する。洞窟の‘濡れ’は女陰をも暗示する。庭やガス室ほかの室内や洞窟内の影や暗部、せっちんのまだら、ガス室の壁面、雨後の庭のドロドロ等もマークする。ほかに腐ったもの(庭・暗部実景)や焼け焦げ・破壊(ヒズメ回想部や戦後の野原)、乾き(マスキヨの落ちる池、壊死した老木)など。総じて失われたもの、見捨てられたもの、とり残されたもの、隠蔽されたもの(朱霊たち)を暗示する。 5) 自然=水(の変容:静謐、流れ、怒涛)、風(ハタメキ、マントー、海辺、チラシ)、 煙(谷、洞窟、タバコ、ガス、震災雨後) 6) モノ=階段とハシゴは細く長く狭く続く。これは洞窟、女陰を暗示。 ガス室の岩壁の形状と色、夕焼けは病いを暗示させ、ラスト、マリアポスターの病態形相へと繋げる。 7) 小物=4)に加えて、木製と紙と筆文字が基本。 8) 動き・姿勢=ハシゴと階段の登りはゆっくり、降りは駆け下り、または落ちる。 走ることと歩くことの対比。立ち尽くし(少年、ヒノマル)。不動(少年とマリア)端座とあぐらの対比。つかむ・押さえることと蹴ることの対比(ガス室終幕)。横たわる、起つ、斜めに寝る(マリアとヒズメ)。廻る(馬と螺旋階段)。吊り・浮かび(カケラ、古澤、少年、羽毛)。飲むが食べない。唄う・叫ぶ(マスキヨ、マリア)・つぶやく(ヒノマルの冒頭)。 手(ヒズメ、ネアン、マリア、少年) 以上をマークしながら物語りのモチーフならびに構図の上で伏線と繰り返しを意識する。 世界の根源へ−映画「朱霊たち」−
混乱する現代社会と生活。今どうしても根源の世界認識が必要である。それは話さず動かぬ動物や植物、鉱物や静物たち「モノの側に立つ」ことしかない。 20世紀初頭に始まった世界の変革。それは社会体制の変革として始まり、その体制の矛盾がはちきれて更なる変革と解体を呼び、それが現在では民俗同志や他民族との抗争という形で引き継がれている。たとえそれが主義主張や宗教の違い、はたまた差別という形であらわれたとしても行き着くところは富の分配に起因するのではなかろうか。富めるものが貧者を蹴落とし、貧しいものはそれに抗う。恐ろしいことは世界の政治の趨勢が「富の分配の再構築」というヒトの生活の根源に触れることなく力関係と権謀術数だけに終始、それが着々と進行していることである。ヒトの知性はまさに地に堕している。信仰は必ずやひとつの力になるはずであろうが信仰でさえ政治の手垢にまみれているのが現状である。 視点を変えてみよう。こうした富める者の傲慢と破廉恥、貧しい者の悲惨と憎悪をかたわらから静かに眺めているモノたちがいる。それは動き叫ぶことはあっても話さぬ動物たちであり、繁茂し枯れることはあっても動かぬ植物たちであり、話すことも動くこともない鉱物や静物たちである。貧富の差を越えて、健常なる人々は話せないこと動けないことを「不幸、不運」と捕らえることだろう。つまり動植鉱静物は先天的な身障者なのだ。だが果たしてそうだろうか。「話せない動けない」ことを身をもって引き受けているモノたちは実は「話さない動かない」ことで自分たちを最もゆたかにしているのではないだろうか。動物や植物や鉱静物たちにとってそこに在るということが既に彼らの行為であり言葉ではないのだろうか。 ヒトが人間社会の中でのみ通用する価値観はモノのレベルでは相対的なものでしかない。そうした価値観が脱出できぬ人間世界の泥沼を招いている。ヒトが真に世界を発見するためには、そして真の意味で幸福な生活を送るためにはとりあえず人間の視線でモノの悲惨にまで降りること、降りたならモノの視線でモノの強靭さと至福に至り、それを生きることである。そこでは既に富は(勿論ここでは物質的な富だけではないはずだ)公平に分配されているはずである。もしされていないとしたらそこには「人為」が働いている。枯れることも死することも含めて全ての‘あらわれ’は彼ら動植鉱静物の行為であり言葉であるが、その自然な行為や言葉を阻害する「公害」という人為はヒトとしての傲慢、モノたちへの欠礼である。これには必ずや天誅がくだされる。ヒトはモノの側に立ってこそ初めて真の人間世界を発見できるに違いない。 さてモノを想うときヒトのカラダというものがたち現われてくる。ここで言うカラダとは根源のカラダであり、そのときカラダとはひとつのモノである。そしてカラダを根源的に取り扱う仕種こそが踊りであり、それは舞踏と呼ばれるであろう。 (040928 東京にて、映画監督・舞踏家 岩名雅記)
今どのような映画が求められているか
劇映画「朱霊たち」の制作意図・監督岩名雅記のメッセージ 1. 映画が人々の生活とは無関係に娯楽として一人歩きする(たとえば大資本によるバーチャル映画)のではなく、楽しめる映画でありながら観客ひとりひとりが生命とは何か、人間とは何かを考え感じられる本格映画である。 2. 監督の岩名はそのために「モノの側に立つ」という大きな切り口を用意した。人間生活を傍らから静かに(動かずしゃべらず)観察するモノ(動植鉱静物)たちの視線に人々が降りてきたとき初めてヒトは生きることの豊かさを感じとれると言う岩名独特の切り口であり、それは彼の祈りでもある。 3. 映画はまず「画」である。岩名は黒白、スタンダードというもっともオーソドックスなスタイルを選んだ。黒白は意外にも「色」を最も感じさせる唯一の色調であり、その色とは現実の色ではなく、想像力を最も刺激する色である。またスタンダードは両眼でもっとも余裕をもって見られるサイズである。この画面スタイルはそのまま「ものを真っ直ぐに見る」という映画のスタイルとも繋がる。 4. この映画は社会からとり残された人々や知らなかった大人の世界を観察し、しかも事件に関わることによって自分の明日を歩み始める少年の話である。だがこれは決してきれい事や無菌の教育映画ではない。少年は大人たちの性の営みから決して眼をそむけない。大人たちも隠そうとはしない。「いやらしい」「わいせつである」という「不純」からもっとも遠くにある映画。ポルノだエロだという視線こそが定番でありわいせつなのである。 5. 映画をつくる側も性の描写を「それらしく」ではなく、「そのもの」として作る覚悟を持っている。だからこれを見る観客も自分を試されていることになるので傍観者として時間を過ごすことは許されないだろう。観客が映画を選ぶことは勿論自由だが映画を作る側も観客を選んでいることになる。偏見なしにものを見る「力」が今観客に問われているのだ。TVではないのだから自分の責任において見る映画があってもよいのではないか。 6. プロの俳優、しかも知名度のある俳優をあえて避けた。有名俳優の魅力が映画をゆたかにすることは確かだろうが、同時にそれによってドラマに先入観を与えてしまうことを避けたいのだ。ここに舞踏家という稀なる存在感のあるアーティストたちがいる。無名にして圧倒的な存在感をもつ彼らに白羽の矢を立てた。 7. 映画は六つの舞踏(オドリ)を挿入することで演じられた役と演じる人そのものが交互にドラマを引き合いながら展開していくという構造になっている。これはこれまでにないリアリティを映画に与えるとものと確信している。 8. さて舞踏だが発祥した日本ではむしろ余り知られていない。演劇界も舞踊界も舞踏を扱いにくいということなのだろうか。ところが欧米の主要都市では日本人が想像できないステータスを持っている。監督の岩名も1988年以来欧米で活動する舞踏家でその活動範囲は世界35カ国85都市に及んでいる。この映画の対象は必然的に世界マーケットである。 9. 日本を遠く離れて本質としての日本を知るという考え方で撮影は全てフランスの南ノルマンディとブルターニュで行われる。小道具ひとつでも用意に手に入らないという逆境がこの映画を野太くする。 (040929 東京にて 岩名雅記 )
|