陽光にあたることの出来ぬ難病・ポリフィリン症について


本スクリプトに出てくる陽光にあたることの出来ない難病、ポリフィリン症(正確にはポリフィリン代謝障害症)について簡単に説明いたします。 私は28年前、治療師になるための学校長生学園で当時生理学を担当されていた近藤雅雄先生(現在国立健康・栄養研究所勤務、日本に於けるポリフィリン症の権威)から初めてポリフィリン症の患者さんの話を聴きました。そのときの印象はとても強く、そのイメージを一言で言えば「幽閉」でした。以来ずっとこのモチーフを抱いてきたわけです。それは外に出ることもなく、人と接することもなく、遮蔽した窓を堅く閉じ、室内でも頭巾をかぶり、言葉を発することもなく、終日椅子に座っている----。ほぼこのスクリプトに出てくる通りです。

この1月、先生に私の最新のスクリプト(5版)を読んでいただいたところ、病理上の違和はなくよく書けているというお言葉をいただきました。ただ6版では今回先生にいただいた資料に基づき宴会時の食事の内容や窓を遮蔽する素材など若干の訂正をしました。以下は先生にいただいた資料からの本症についての要点です。

血液はヘモグロビン(ヘモとグロビン)から出来るということはどなたも学校で習ったと思います。その際、8つの酵素が血液の精製にたずさわり、精製後はこれらの酵素が対外に排出されるのが正常だそうです。けれど体内の何らかの異常でこの中間代謝物が対外へ排出されず、体内蓄積された場合本症を引き起こすそうです。

本症は、神経の異常をきたすものと、皮膚過敏(このスクリプトの対象です)を呈するもの、肝臓性と骨髄性(2者は血液をつくる場所)、遺伝性と後天性、環境に無関係に発生するものと環境因子(酒の多飲や飢餓など)によるもの、早期発生と晩発性など色々な分け方が出来るそうですが、現在では病理上8種類に分けているそうです。このスクリプトで扱っているのは8種類のうちの皮膚型ポリフィリン症と呼ばれるものと思われます。

今回先生に伺って改めてわかったことは上記のようにポリフィリン症といってもさまざまなタイプがあることに加えて、同じ病理でも人によって軽重が異なるということ。傘を差して外出することが出来る人もいれば、本スクリプトのように重度の方、逆に病理を持ちながら症状が出ることなく生涯を終える方もいるそうです。

さてこのスクリプトに出てくる光過敏のポリフィリン症ですが、人間の皮膚は皮下すぐの所に光に感応する部分があり、中間代謝物が蓄積していると光に過剰反応して皮膚に異常を起こすそうです。総じて全ての可視光線と遠紫外線が禁忌となります。従って室内の人工照明でも遠紫外線の強いものは避けるべきであり、このスクリプトにもあるように室内での頭巾や手袋も必要な場合があるとのことです。

台本に沿ってもう少し展開すると、ヒズメは夜間バルコニーで少年と話しをするわけですが、この状況はありうるわけです。すなわち、穏やかな月光の中に身を置くことは出来ます。またマスキヨの如く突如太陽光の中に飛び出していくと、病型病態にもよるのですが一般的な症状としては皮膚の紅班(そこからさらに水疱,糜爛)、腫脹、皮がはがれる、これらが何度か繰り返されたあと、潰瘍化や骨の欠損にまで至るそうです。またこれらの症状が急速に出る場合と次第に現れる場合とがあるそうです。

さてこれだけの難病でありながら何故日本ではこの病態があまり認知されていないかというと、先ず圧倒的に患者さんの数が少ないということ。日本では最初のポリフィリン症患者が1910年東北で発見され、以来認知されている患者さんの数はこの100年で1000人程度、つまり年間10人にしかならないそうです(無論、患者さんから届出がないとか本人が認知していないことを考えるとこの数倍の数の方がポリフィリン症の患者である可能性があるわけですが)。従って病態の困難にも関わらず国家的な援助や難病指定も一切されず、患者さんたちは個人や患者相互で数少ない専門家の指導のもとに毎日病気と闘っているわけです。今ひとつ認知されにくい理由は前記したごとく同じポリフィリン症としてくくってしまうには余りにも病理や症状が多岐にわたっているということもあります。

更にもう一点たいせつなことは周囲から患者さんたちへ向けられる偏見や差別があとをたたないことだそうです。とりわけ就学している子供の患者さんへ向けられる一般の学童やその父母から「怠け者、さぼってばかりいる」とか「おもてへ出て遊ばない」とかいう非難や偏見が多いそうです。従ってこのスクリプトのごとく人目を避けてひっそり暮らすとか、(ここから先は創作ですが)この難病者を世間から隔離してしまおうという行政の姿勢も考えられないわけではないのです。

私の方でこの病気についてお伝えしたかったことは以上です。尚、ブラッドピッドのデビュー作でAndjelo Arandjelovicの「リック( The dark side of the sun )」はこの光過敏のポリフィリン症をテーマにした映画ですし、他にNicholas Hytner監督「英国万歳(The madness of King George )」やDenise Templeton監督「吸血鬼カーミラ( Vampire Carmilla ))も同じ主題。日本では2001年12月31日、ポリフィリン症の子どもの患者さん3人とその家族を扱った30分番組「限りなく挑戦し続ける人々」を放送したそうですが視聴率わずか3%ということで世間にこの病気をアピールするまでには至らなかったそうです。

(2003年2月23日 アテネにて 岩名雅記)